“斜陽産業”という単語は使い勝手がよくついつい使ってしまう。
斜陽産業は小説の斜陽が語源だというのは知っていた。
斜陽を読まずに斜陽産業という言葉を使うのは、読んだこともないマンガの有名なセリフを元ネタを知らず使う気持ちわるさがある。
その気持ち悪さは元ネタを知ればすっきりする。
斜陽は青空文庫で無料で読めるので読んでみた。
国語の副読本で浅い浅いあらすじは知っていた。
読んでみてだいぶイメージが変わった。
読む前のイメージは転落物語
華族が時流に乗れずどんどん貧乏になっていく、悲惨で暗めの転落物語。
安いテレビ番組でよくある、成功していた芸能人が転落して貧乏に…というような雰囲気の話かと思っていた。
読後:個人の日記っぽい…?
転落物は、まず華々しい成功を描いてそのあとに大きな転落を描き、落差でおもしろみを出してくるものだ。
しかし、斜陽の主人公ははなから華々しさがない。
切迫はしていないものの、最初から苦境にある。
父は死に、主人公(29歳の女性)は離婚済みで仕事もなく母と2人暮らし。
資金援助も途絶えて女中を解雇して屋敷を売って引っ越すことになる。
この状況からはじまるのだから。
ありがちな転落物なら、開幕で主人公が誰もがうらやむ夫と結婚して、その華麗な生活を描写したところで、戦争の影響で夫の事業が傾き生活は一変…という展開になりそうなところだが斜陽はそうではない。
また、登場人物はみな淡々としたところがあり、転落ものにありがちな派手さは感じられない。
これは文体によるところもあるだろう。
状況の変化は大きいが、そのわりには登場人物の反応が小さく、あっさりしている。
文字数は主に主人公と母親の日常生活に割かれていて、その描写が美しい。
ひたすら個人の事情ばかり描いているのに時代の流れが伝わってくる点も素晴らしい。
登場人物の事情や行動が時代に強く影響を受けているので、人間の姿を見ているつもりで、社会環境を見てしまっている不思議な感覚だった。
戦争で行方不明になった主人公の弟、物語の要所にあらわれる死病が結核だという点、誠実さでは生き残れないと語る紳士、経済学と社会主義の本を読み始める主人公…
あまり他人に見せる気もなさそうな個人の日記サイトを見ている気分に近いものがあった。
斜陽という言葉にある感傷的な雰囲気は読んでいる分には感じなかった。